感涙保証、私の愛聴盤 その４８
Book Of Ballads/Carmen McRae
無人島に持っていくアルバムという問いかけがあったとすれば、今の私なら、このアルバムを真っ先にあげるだろう。歌物のＬＰならばだいたい片面６曲というのが標準で、両面で１２曲。この１２曲すべてがいいというアルバムはめったにない。Mel Torme のIt's A Blue World などは数少ない例だが、完成度から言えばこのカーメンのアルバムがさらに上を行く。
何度も聴いていると、このアルバム全体がまるでひとつのストーリーになっているかのような印象を受けるのだ。その雰囲気を作り出しているのは曲の構成とストリングの伴奏ゆえ。ドラマチックな情景を思い描かせるバイオリンの響き。そのドラマの結末は Something I Dreamed Last Night の熱唱で幕を閉じる。最後の一音が消えたあとも長く余韻が残って頭からカーメンの声が離れない。失恋で終わる物語だからなおさらであろうか。
実はこのアルバムはなかなか手に入れられなかった一枚でもある。中古レコード屋という中古レコード屋をさんざん探し回った挙句、東京は高田馬場のとあるレコード屋でやっと見つけたことを昨日のことのように思い出す。日本ビクターがＭＣＡジャズ・ボーカル名盤シリーズで２０年ほど前に売り出したものがその当時唯一出回っていたころのことだ。不思議なことに間を置かずにもう一枚見つかったときは他人に渡したくないばかりに不覚にも買ってしまった。後にも先にも同じ盤と知りつつレコードを買ったのはこれだけである。
嬉しいことに、那覇市内のとある居酒屋では私が行くと黙ってこのＣＤをかけてくれる。ジャズの好みが似ているマスターのお気に入りの一枚でもあるのだ。そしてこの珠玉の歌を聴きつつ泡盛を呑み、ほろ酔い加減を少しすすめ、目を潤ませながら、半分しか意味が分からない歌詞を口ずさむのが沖縄での至上のひとときになっている。
