ダルマシアンの失踪
普段なら肩をすぼめて歩かなければならないほどぎっしり停っている自転車 の群が、きょうの朝に限ってすっぽりと消え失せている。ここは天神ソラリアホテ ルの隣、警固公園に面した歩道である。私のダルマシアン号はきのうの夕方か ら、その消えたスペースの中にいたはずなのである。
市がときどき迷惑駐車の自転車を整理することは知っていたから、てっきり 保管場所に運ばれたものと覚悟した。ところどころに自転車を移動した旨の告 知文が板に貼られてぶらさがっている。自転車が欲しければ、住所、氏名が判 る証明書と印鑑、それに保管料１５００円をもって取りに来い、という内容。 だがよくみると告知されている日付は２日ほど前なのである。
まあそれでもこんな間違いもあるさ、と再会を期待して保管所に向かう。管 理人は市役所をずいぶん前に退職したようなおじさんばかり。対応が横柄である。 それでご機嫌伺いはやめて、さっそく昨日回収された自転車を見せてほしいと頼む。 運ばれてきた自転車は頑丈なカギのかかった一画に、しかも車輪に鎖を一条通されて、 まるでアメリカに連れてこられた当時の奴隷のように並んでいる。
私の目は、つい保健所に間違って連れてこられた愛犬を探すまなざしに変わる。 でも事情を悟るのに時間はかからなかった。どんなに多くの自転車があっても特徴の ある模様は遠くからでもすぐわかるから、ものの１分もしないうちにこの集団のなか には存在しないことを認識できたのだ。
管理人がいうには、前日は昼に回収したものが運ばれたのであって、夕方に は回収してはいないとのこと。自転車は盗られた可能性が高いから盗難届けを 出したらいい、防犯登録をしている自転車なら保管所に紛れ込んできても通知 ができる、と教えてくれた。
保管所に運ばれたとばかり思っていたが、盗られたとなればもう少し未練た らしく停めていた付近を探さねばなるまい。これはいい自転車だと思って運ん でいく途中、けっ！安物じゃねえか、と気づいて放っぽり出すドロボーちゃんも いないとは限らないから．．。
だが期待してはいけないのだ。１時間ほど探し回って付近には無いことを納得 したあと、盗難届けを出しに向かう。防犯登録番号や車体番号の控は家にしか ないから、近くの交番でいいのだろうか。
子供の頃、お巡りさんは親切だったという記憶がある。だが、酔っ払って職 務質問を受けるようになってからというもの、いぢめを楽しんでる人間も少な くないと気づいたものだ。最近は、官僚的な対応でお茶をにごす警察官が増え ていて、親切なお巡りさんの印象はまったく失せてしまった。
駐在所がきれいになったのは気軽に入りやすくなって住民にとって悪いことではない。たとえ 税金がふんだんに使われようと。だが、近くの住民が盗難届けを出しにきたと いうのに、管轄が違うから天神の駐在所にいけといわんばかりの対応をされて はいい気分はしない。まして、彼らの言い分である事情が分かっているはずの 天神の交番に行ったからとて、特別な対応をされたわけではないのだから。
しかし、あの盗難届けというシロモノは、このコンピュータ時代にいまだタ テ書きの様式というのに驚かされる。タテ書きは文章として読むのにはいいが、 数字や記号などが羅列される届け出用紙に使えるような合理性はない。建物や 装備が近代的になっても、官僚的な匂いが警察官から消えないのはこの時代錯 誤的な届け出用紙ひとつで説明できるような気がする。
それに盗難の被害にあった者が小さくなって頭を下げに来るのを当たり前のように思っているのなら 考え直した方がよかろうね。ただ誤解のないように付け加えれば警察官という 職業を憎んでいるわけではないのだよ、全国の警察官諸君。ダルマシアンが戻 ってこれるとすればこれ以上頼りになる存在はないのだからね。
注：ダルマシアン号というのはメリダ製の白いＭＴＢに私がダルマシアンのような 塗装をほどこしたもの。五島へいったのも、最初の火の鳥のオフに出たのもこの自転車である。 最後は通勤用自転車として活躍していた。
